[小商い建築ウォーカー神永セレクト#011]
JR「新横浜」駅周辺に、また新たな小商い賃貸物件が誕生しました。Vol.016の記事で紹介された「新横浜食料品センター」から徒歩5分の場所にあり、設計・運営を手がけたのは、同じくウミネコアーキの若林拓哉さんです。
「新横浜」駅から歩いて11分ほど、南西側にある牛坂と呼ばれる坂を登りきると辿り着く、小高い住宅地エリアの中に位置しています。
全部で18戸と多くの小商い賃貸部屋が集まる集合住宅形式の一つですが、その姿は一般的な集合住宅とは大きく異なります。各部屋にある小商いスペースが、プライベート性の高い住戸をゆるやかに開き、豊かな外部環境を共有する小さな村落のような佇まいであるからです。
住まいや暮らしには、選択肢が必要だと言う若林さんが次々と手がける小商い賃貸物件。そのライフスタイルの可能性も探りながら、建物を案内していただきました。
Contents
1.谷戸地形を生かした、雛壇状の広い中庭が特徴の小商い賃貸

道路側から建物を見る。「森棟」、「庭棟」、「山棟」がL型に並ぶ様子が看板サインでわかる
敷地は、これまで取材してきた小商い賃貸も多く位置している、第一種低層住居専用地域という用途地域にあります。そのため、周辺は低層の住宅が多い静かな環境。谷戸地形が特徴的な篠原の尾根沿いにある斜面地に建っています。住宅街の中に突如公園が現れたのかと思うような、広々とした中庭を作り出すL(エル)型の建物配置が魅力的で、北側の雑木林を臨む「森棟」、開かれた中庭に面する「庭棟」、段々状の地形に呼応した「山棟」の3棟で構成されています。

雛壇状に整備された中庭
傾斜がある地形を生かした中庭は雛壇状に整備されており、「山棟」の出店者が中庭まではみ出して利用したり、入居者イベントでの利用や地域に開かれたマルシェ開催など、小商いと暮らしの重なりを楽しむためのあらゆる使い方を受け止めていく予定だそうです。
地形が作り出す豊富な段差が、たくさんの居場所を作り出しているため、近所の人がお散歩ついでに立ち寄り、店舗で買い物をしながら休憩していく、という日常の朗らかな風景が想像されます。
2.小商い利用が可能な「土間」、小商いと生活を緩やかにつなぐ「通り土間」
各住戸の間取りや面積は、棟の種類や位置関係により少しずつ異なるものの、共通した空間構成となっています。

写真左側が小商い利用可能な「土間」空間。右奥に「通り土間」空間が伸びる。DIY可能なベニヤ壁面と、給排水・ガスの先行配管の様子がわかる @Eichi Tano
一つは、中庭に面して小商い利用が可能な「土間」空間があること。店舗スペースであり、各住戸の玄関でもあります。「土間」には、ラワンベニヤの壁面があり、棚板の固定などDIYによる作り込みも可能です(店舗部分の工事内容は、事前に管理者へ要相談)。
1階住戸に限っては、給排水とガスが先行配管で用意されているため、飲食店利用を希望する人には嬉しい整備状況ですね。
そしてもう一つの特徴が、「土間」の奥に伸びる「通り土間」空間です。この「通り土間」空間は、入り口から反対側にあるバルコニーまで伸びていて、住戸内から屋外への広がりある視線の抜けをつくり出しています。

「通り土間」沿いに配置される各住居機能 @Eichi Tano
さらには、両側もしくは片側に配置された各住居機能(水まわり・キッチン・個室)と、小商いスペースである「土間」を、隔てながらも緩やかにつなぐ役割も担っているのです。内装はグレーを基調としながら、居住スペースには赤い床や扉が差し色で入る遊び心も。

「通り土間」からインナーバルコニーを見る @Eichi Tano
また、バルコニーは、インナーバルコニータイプで正形であることもポイントです。テーブルや椅子を置いてお茶を楽しむこともできる、プライベート性の高い屋外の居場所になっています。浴室乾燥機付きなので、洗濯物はバルコニーを使わないという選択肢もありそうです。
このような共通構成をベースとしながら、3棟それぞれの見所がたくさんあります。「森棟」から順にご紹介したいと思います。
3.北側の雑木林を臨む「森棟」

共有部「森のテラス」内部。大きな開口部から雑木林を臨む @Eichi Tano
「森棟」は3棟の内一番小さな建物で、入居できる住戸が全部で3部屋と、「森庭山荘」の入居者が使うことのできる共有部「森のテラス」が1部屋あります。森棟の特徴は、なんと言っても各住戸から臨む北側の雑木林ビュー。
それぞれの部屋から見える雑木林の風景や、木漏れ日の入り方も違っていて、間取りだけでなく、窓から見える風景で部屋を選ぶという選択肢もありそうです。

「森棟」1階平面図

「森棟」2階平面図
面積は41~45㎡と、二人暮らしでも十分な広さ。2階のM202号室に関しては、15㎡ものロフトもついていて、小屋裏空間も生かした天井高さのある伸びやかな環境が賃貸住宅とは思えない贅沢環境を作り出しています。
4.開かれた中庭に面する「庭棟」

中庭側に並ぶ「庭棟」の2階各住戸入り口 @Eichi Tano

「庭棟」の通り土間から、中庭側を見る @Eichi Tano
「庭棟」は合計8住戸が入り、小商い暮らしを楽しむ人たちが作り出すファサードの風景が大変楽しみな棟。立体的な地形が生み出す大小さまざまな庭に面しているため、各住戸の窓外に広がる外部環境が部屋ごとに異なることが特徴です。面積は41~57㎡で、「森庭山荘」で最も大きな店舗スペースを持つN102号室は、早いもの勝ちの予感。

「庭棟」1階平面図

「庭棟」2階平面図

「庭棟」2階住戸のロフト @Eichi Tano
2階の住戸は全室ロフト付き。直接中庭に面さず、「山棟」と隣り合う部屋もありますが、面していないからこそ、店舗ではなく事務所スペースとしてSOHO利用することも考えられますね。
5.段々状の地形に呼応した「山棟」

地形に呼応するように段差状に建てられた「山棟」
「森庭山荘」のユニークな地形が、最も建物に反映されているのが「山棟」です。1、2階で合計7住戸が入っていますが、なんと地形に合わせて段状に設定された各住戸の床レベルが全て異なっているのです。

「山棟」1階住戸のドライエリア @Eichi Tano
地形の影響をダイレクトに受けやすい1階には、インナーバルコニーからつながる広々したドライエリアがあるほか、中庭の段差は住戸の床レベルに合わせて整備されているため、店舗スペースを外に拡張するように利用することができるのも魅力的なポイントの一つ。

「山棟」1階の土間と通り土間 @Eichi Tano
また、配管の納まりの関係で、土間と通り土間の間にある段差は、曲線を描いた柔らかな形状で、可愛らしいアクセントになっています。

「山棟」2階の共用通路から中庭を見おろす様子

「山棟」1階平面図

「山棟」2階平面図
2階の住戸の共用屋外通路は、「森庭山荘」の中でも一番高さのある場所。段々状の中庭風景を一望できる、気持ちの良いスポットになっています。
1階の3住戸はそれぞれ約59㎡、2階の4住戸はそれぞれ約49㎡あります。
6.入居者と共に育てる、豊かな外部環境としての”みんなの庭”

雛壇状の中庭の奥に、しがら柵が設けられている
これまで見てきた小商い賃貸の中で、圧倒的に屋外環境が豊かである「森庭山荘」。
「森庭山荘の計画当初から、北側の雑木林をどう生かしていくか、維持管理していくかも考えていた」と若林さんは言います。西側の傾斜面に施工された”しがら柵”につかわれている木の枝は、北側の雑木林にある樹木を全て調査後、間伐した材料を使っているのだそう。3~5年ほどで発生する枝の入れ替えに合わせ、雑木林の間伐も行うことで、敷地内の植生の維持管理サイクルが生まれることを意図しています。数年後の間伐としがら柵の入れ替えは、業者さんにお願いしながらも、一部は入居者さんの力を借りながら、みんなで楽しくアップデートすることも考えているのだとか。
ただ住むだけではない小商い暮らしの醍醐味は、住まいに付随する店舗スペースを思い思いに開くことから始まる、他者との関わりによる日常の小さな偶然的な出来事であると考えています。広く豊かな外部環境である”みんなの庭”は、そうした偶然性を入居者同士や地域住人の範囲に止めず、自然環境の生態がもたらす出来事まで含んでいくのかもしれません。予想し得ない未来の出来事を楽しみに、小商い暮らしを始めてみてはいかがですか?
2025年11月時点では、入居者募集中だそうなので、空き部屋情報など、詳しくは「森庭山荘」のホームページよりお問い合わせください。
文:神永侑子


