《 世界のワクワク住宅 》Vol.048

『若草物語』誕生の家、作者オルコットが暮らした<オーチャード・ハウス>〜マサチューセッツ州(アメリカ)

投稿日:2022年2月10日 更新日:

「悩みが多いから、私は楽しい物語を書く」。
これは19世紀アメリカの作家、ルイザ・メイ・オルコット(1832-1888年)が遺した言葉。彼女が1868年に執筆した『若草物語』は近年新たに映画化されるなど、時代を超えて愛されてきた名著だ。この映画の邦題『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草ものがたり』(2019年)が示す通り、『若草物語』はルイザの自伝的小説で、登場人物は彼女の家族になぞらえて描かれている。

Photo by Trey Powers

今回はルイザが家族と暮らし、『若草物語』の源泉となった歴史的家屋「オーチャード・ハウス」をご紹介したい。

場所はマサチューセッツ州の緑豊かな郊外の町、コンコード。ここは、作家を多く輩出した文学にゆかりのある町として知られる。

オルコット家が17世紀に建てられたこの家を購入したのは1857年のこと。薪にするしかないと思われるほど古びた家を、父・ブロンソンが建築の才能を生かして一年で改装した。当時は広大な果樹園がある敷地であったことから、オーチャード・ハウス(果樹園の家)という名がつけられた。

Photo by Trey Powers

両親と個性豊かな四姉妹(アンナ、ルイザ、エリザベス、メイ)からなるオルコット一家。この家族構成がそのまま『若草物語』に登場する「マーチ家」に反映され、四姉妹(メグ、ジョー、ベス、エイミー)の成長していく姿が丁寧に紡がれていく。つまりルイザは自分と同じ次女のジョーというキャラクターに自身を投影し、そのほかの姉妹もしかり、というわけだ。

『若草物語』の作者、ルイザ・メイ・オルコット

今回、取材にご協力いただいたオーチャード・ハウスのスタッフ、ミルズ・喜久子さんはこう語る。
「オーチャード・ハウスの魅力は、なんと言っても『若草物語』の誕生の家であり、そのお話の舞台になったところだということです。作者のオルコットとその家族がここで暮らした心温まる体験を反映させて名作は生まれました。ですから一歩館内に足を踏み入れると、まるで物語の世界に本当に入ってしまったかのように感じると思います」。

Photo by Trey Powers

さて、冒頭に記したルイザの言葉にある「悩みが多い(人生)」とは何を意味するのだろう。
19世紀は家父長制度が根づいた時代で、家の中心は父親であった。翻ってそれは、女性に結婚という目標や良妻賢母という役割を求めることも意味した。しかしルイザは一度も結婚をせず、文章を書くことで生計を立てるという自立の道を探る。時代に先んじる生き方に伴う悩みや困難が多くあったことは想像に難くない。

こうした彼女の選択に父ブロンソンは理解を示した。教育者であった彼は子供に自分で考える力を養ってほしいと願っていた。『若草物語』の原題である“Little Women”とは、ブロンソンが娘たちを形容する際に使っていた言葉。社会の中で女性として臆せずに生きよという意味を込めて、子供ではなく「小さな婦人たち」と呼びかけたのだ。

Photo by Trey Powers

まずは、そのブロンソンの書斎を覗いてみよう。
彼はこの部屋で近くに住む哲学者のエマーソンや作家のソローと哲学談義に花を咲かせ、のちに開校する「コンコード哲学学校」をここから始めている。
バーガンディー色の美しい内装で、暖炉の横には著名な彫刻家に掘らせたブロンソンの胸像が飾られている。数多くの書籍が人生には学びが必要だと感じていた一家の信念を感じさせる。

Photo by Herb K. Barnett

四姉妹とあって、オルコット家はいつも賑やか。こちらの居間では、演劇に夢中だった彼女たちが家族を前にさまざまなパフォーマンスを行った。ゲームや歌、演劇を楽しみに多くのゲストも訪れ、その様子は物語のマーチ家が生き生きと伝えてくれている。

Photo by Trey Powers

奥のソファーに置かれた細長い枕は通称「ルイザのご機嫌枕」。彼女が機嫌のいい時には枕は縦に、悪い時には横に置かれたそう。ルイザの自己主張を家族がそっと受け止める、といった感じだろうか。
1860年には、この部屋で長女アンナの結婚式が開かれた。物語の中でも長女メグの結婚式は家の居間で行われる。姉妹たちがメグを抱きしめ祝福する有名な場面を通して、幸せに満ち溢れていたオルコット家に思いを馳せることができるだろう。

居間の奥に見えるのは食堂。菜食主義者であった家族はオーチャード・ハウスを囲む庭や果樹園から採取したものを調理して食していた。そして、個性を大切に思う一家はこうした食事の時に互いの考えを聞き、思いを分かち合ったそう。

Photo by Trey Powers

こちらの台所は19世紀の典型的なつくりだが、滑石の流し台はルイザが執筆で稼いだお金で母のためにあつらえたものである。
ルイザはこう日記に記している。
「この家の哲学は、書斎のみにあらず。母が、お料理やお掃除をしながら高尚なことを考えているこの台所にも哲学は存在する」。

Photo by Trey Powers

そして、こちらがルイザの部屋。子供の頃から好奇心旺盛で、読書や執筆に励むなど作家としての素地をこの場所で育んでいった。半円形の机はブロンソンが作ったもので、ルイザは30代半ばの頃、この机に向かいながら『若草物語』を執筆した。

ひときわ目を引くのが、机の横に飾られた美しい花の絵。これはルイザが腸チフスを患っていた時に、絵の才覚があった末っ子のメイが描いたもの。生命力に溢れた絵はルイザを励ましたに違いない。

Photo by Trey Powers

このほかにも、メイが描いた愛らしいフクロウの絵がベッドの横の壁やマントルピースを彩っている。

Photo by Trey Powers

こちらがメイ自身の部屋。至るところに彼女が描いたスケッチが置かれ、絵を描くことが彼女の日常の大きな一部であったことがうかがえる。当時は紙が貴重だったため、両親は部屋の窓枠やドアなどに直接スケッチすることを許し、その名残を今も見ることができる。
部屋の片隅に置かれたトランクには、姉妹たちが劇を上演する際に使用した衣装がつめられている。

メイが好んで描いたターナー風の絵画

多くの人にここを訪れてほしいと、ミルズさんからこんなメッセージをいただいた。
「どうか深く息を吸って、ゆっくり周りを見渡してみてください。ほら、なんだか四姉妹に会えそうな気がしてワクワク、ドキドキしてしまうことでしょう」。

もちろん、この四姉妹とはここに暮らしたオルコット家の娘たちでもあり、物語に登場するマーチ家の娘たちのことでもあるだろう。各々が自分らしい生き方を模索しながら、家族とともに楽しい時間を紡いだ家。現実と物語の世界が二重奏のように共鳴するオーチャード・ハウスは、ミルズさんの言葉通り、150年以上の時を経てもなお瑞々しい魅力を放ち続けている。

Photo by Trey Powers

写真/All sources and images courtesy of Louisa May Alcott’s Orchard House

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

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河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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