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水辺に浮かぶ卵型ハウス~エクスベリー・エッグ(イングランド)

投稿日:2019年7月18日 更新日:

©️Nigel Rigden

静かな塩沼の水面にぷかりと浮かぶ大きな木製の卵。どんぶらこっことここに流れついたのか、シュールな光景にいくつもの疑問が浮かぶ。これは船? 住居? 中にいるのは、誰?

©️Nigel Rigden

跳ね上げ式の窓から顔を覗かせるこの男性は、イギリス人アーティストのスティーブン・ターナー。この不思議な卵に、2012年から2013年にかけて1年間居住した人物だ。

©️Nigel Rigden

卵が浮かぶのは、イングランド南岸にあるニューフォレスト国立公園内の塩沼。ここは原生林が残る保全地域で、古くは征服王ウィリアム1世が鹿狩りに励んだ場所として知られる。今も変わらず豊かな木々、牧草地、小川や沼地が広がる牧歌的な景観だが、地球温暖化の影響で湿地帯や海岸線が浸食されるなど、とりわけ水際が過酷な状況にさらされている。

©️Nigel Rigden

2012年、こうした状況に人々の関心を向ける試みとして、アーティストにこの国立公園内に一時的な住まいをつくってもらうというプロジェクトが立ち上がった。この時白羽の矢が立ったのが、これまで人工環境と自然環境の関係性にまつわるプロジェクトを展開してきた件のスティーブンである。

スティーブンは、まずは住居を構える場所を探した。南方に流れるビューリー川をボートで何マイルも下ったのちに、エクスベリーという村の塩沼にたどり着く。「水際は地図上では線として描くことができますが、実際にはどこから始まり、どこで終わるのかがわからない域です。環境変動にさらされている場所の意味を探るには、最適な場所だと思ったんです」。

©️Nigel Rigden

そして、ひらめきは突然訪れる。

ボートを降りたまさにその時、スティーブンは湿地の草の上にあったセグロカモメの卵を足で踏みつけそうになったのだ。「その時、自然の脆弱性のシンボルとして、卵の形をした住居をつくろうと思ったんです」。

©️Nigel Rigden

卵型の家を沼のほとりにつくる。この妙案とも思いつきとも呼べるスティーブンの計画を請け負ったのが、建築事務所のPADスタジオとプロジェクトマネジメントのSPUDグループである。基本構造の設計には、地元の船大工が加わった。

©️Nigel Rigden

©️Nigel Rigden

まずは、合板をつなぎ合わせた木枠を成形し、内側に横梁を渡していくことで半円状のモノコック構造を二つ組み上げた(*注:モノコックとは外板に強度を持たせる、船や航空機に用いられる構造)。次に、この二つをつなぎ合わせて直径3.6メートル×6メートルの大きさの卵型を完成させた。

©️Nigel Rigden

©️Nigel Rigden

卵の内側には古い厚板が再利用され、外側は杉板で覆われた。進水の際に木材が膨張することで、厚板の隙間がなくなり水密性が保てるという計画は見事に成功。

こうして「エクスベリー・エッグ」と名付けられたスティーブンの卵は伝統的な船の構造を踏襲するものとなったが、ここはあくまでも環境を観察するための住居でなければならない。そのため、スティーブンが日々塩沼の潮汐を感じられるよう、卵はあえて地面との接点を持たないように水面に置かれた。

©️Nigel Rigden

「潮汐による水面の昇降に身を委ねると、普段の9時から5時という(社会生活の)リズムとはまったく違うものが感じられました。この『川の鼓動』は、生きているという素晴らしい実感を与えてくれました」とスティーブンは回顧する。

©️Nigel Rigden

また、1年間居住する空間とあって卵にはさまざまな工夫が施された。船尾に当たる部分にマットレスを敷き、手動のポンプ式のシャワーが使えるスペースも確保した。トイレは排泄物を化学処理するケミカルトイレを使用し、近くの下水施設に流すことを繰り返したそう。料理には石油ストーブ、暖房のためには流木を燃焼するストーブを使用し、小さなシンクと給水栓も備えられた。ミニマルでありながら機能面も充実した空間となったが、スティーブンがもっとも重要だと感じたのは、ほかならぬ太陽の存在だ。「熱と光が享受できたのはもちろんですが、クリエイティブな媒体としても太陽が必要だったのです」と言う。

©️Nigel Rigden

スティーブンはアート作品として、太陽光の力を借りる古典的な写真技法であるサイアノタイプ(日光写真)を制作する一方で、最新のソーラーWi-Fiを利用し、観察記録をブログに綴った。ブログには、泥壁の陰で静かに泡を吹くカニや、水辺を進むアヒルたち、シジュウカラの雛の死骸など、この場所にあるさまざまな命のかたちを記録。さらには、植物で衣服を染めたり、ガチョウの羽を細工して作った羽ペンで絵を描くなど、この場所でしか生まれ得ないものをつくり続けた。

©️Nigel Rigden

©️Nigel Rigden

スティーブンは、2003年に京都で世界水フォーラムが開催された際に日本で水にまつわる展示を行ったことがある。実はこの時の日本での見聞が、少なからずエクスベリー・エッグに影響を与えたようである。「不完全で未完成なものを慈しむ、侘び寂びという日本的な美学に触れ、永遠なものや完全なものは存在しないという考え方に惹かれました。人間の傲慢さが蔓延するこの世界では、不完全性と謙虚さを大切にしなければならないと思います」と語る。「こうした概念は、日本の茶室でも感じることができました。身をかがめ、にじり口から入る感覚は、僕のエクスベリー・エッグに入る時の感覚と似ているんですよ」。

©️Nigel Rigden

50°478.53N×1°2427.02W——スティーブンは自らが選んだ地球上のこの一点に住まい、この場所の語り部となった。エクスベリー・エッグは、言葉を紡ぎ、作品を制作しながら発信するというスティーブンの「創造の拠点」であり、彼を守る「住処」でもあった。やはり卵の形状は必然だったのかもしれない。

写真/all sources courtesy of Stephen Turner and PAD Studio, images courtesy of Nigel Rigden 

エスクベリー・エッグのサイトはこちらから

開催中

現在、スティーブンの個展「Natura Prima? Stephen Turner」が2019年ヴェネチア・ビエンナーレの開催に合わせ、ドルソドゥーロ地域のFondazione Bevilacqua la Masaにて開催中(2019年7月26日まで)。また、エクスベリー・エッグは、2019年7月6日から一年間、テームズミードのサウスメアレイクに置かれることが決まっている。

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取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

  • この記事を書いた人

河野 晴子

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文にエイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。夫、娘、猫と都内に在住。

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