《 世界のワクワク住宅 》Vol.043

遊牧民のテント式住居「ユルト」をDIYで自宅にする!<Do It Yurtself>〜オレゴン州(アメリカ)〜

投稿日:2021年8月12日 更新日:

山々を背に広がる大草原に丸いテントが点在している。その中では、民族衣装をまとった一家が円座して暖をとったり、食事をしたり。彼らは家畜の群れとともに寒暖差の激しい地域を移動し、このテント式の住居「ユルト」をその都度組み立てながら生活している。
中央アジアの遊牧民と言えば、ざっとこんなイメージだろうか。

Photo by Bryan Aulick

都会の生活からはかけ離れた暮らしだが、こうした円形のテントを住まいにした若いカップルがアメリカのポートランドにいると聞いてさっそく話を伺った。

Photo by Bryan Aulick

ザック・ボースさんとパートナーのニコール・ロペズさんがユルトを住まいにしようと決意したのは2018年。昨今は住まいに求めるものや定住の概念の変化もあり、こうした簡易的な住居に若い人の目が向くことも不思議ではないが、仲間とともに自分たちで組み立てたと言うので、なおさら興味を惹かれた。

Photo by Bryan Aulick

ザックさんはデザイン畑で経験を積んだ映像作家。各地をバンで回りながら制作活動を続けてきた。そろそろ落ち着いた生活をと思い、家を建てることを決意する。
以前は緑が少ないラスベガス郊外の狭い家で不満が募っていた。ほとんど家具を所有していなかったこともあり、ポートランドでのニコールさんの就職先が決まるとすぐさま移住を決めた。

Photo by Jason Rayne

ポートランドは緑豊かで、クリエイティヴな人々が各々のライフスタイルを探求できる場所として知られる人気の街だ。新天地に心躍らせるも、高騰するポートランドの賃貸市場が彼らを悩ませた。何かオルタナティヴな住まいの形はないかと考え、以前から気になっていたユルトに住むことを思いつく。

Photo by Bryan Aulick

まずは土地探しから。円形のユルトを建てられて、ダウンタウンまで通勤可能な場所など、希望の条件がいくつかあった。ようやく市の中心地から車で25分ほどの場所に美しい山々を望める農地が見つかった。

Photo by Bryan Aulick

ユルトの建設は実は「グレーゾーン」に位置すると、ザックさんは言う。種々の用途(昨今ユルトは展示スペース、カフェ、キャンプ用に使われることもある)や建物の使用期間などによって建設許可の判断が下され、さらには州によって規制の厳しさが異なると言う。

アメリカではユルトの専門業社も増えているが、中には建設許可を取ることの難しさを事前に伝えることなく販売を進め、購入後に建設許可が下りなかったり、建設後に撤去を命ぜられたりすることもあると言う。ザックさんが見つけた土地は建築制限がさほど厳しくない農地であったことで建設が可能となったそうだ。

Photo by Bryan Aulick

ではここで、ユルトの歴史と構造をざっと紐解いてみよう。
ユルトは主に円形の構造、ラティス状の壁、リングを起点に垂木が放射状に広がる屋根の3つの要素からなる簡易的住居。現在も中央アジアで見られるが、歴史を遡れば、3千年ほど前に黒海北岸と中央アジアの草原地帯で活動していた騎馬遊牧民がユルトを住まいにしていたという記録が残っている。

Photo by Zac Both

1960年代にアメリカ人建築家のビル・カパースウェイトが、シンプルかつクリエイティヴな住居としてのユルトの可能性に着目し、著作を通してその存在を広めた。より自由な視点から暮らしを考え、よりよいコミュニティーを形成していくという思想が当時のカウンターカルチャーの動向と合致したのも頷ける。1978年にアメリカ初のユルト専門会社が誕生。以後、新しい素材の使用や強度を高めることで、ユルトの用途がアメリカで格段に広がったという。

Photo by Jason Rayne

ザックさんのユルト建設を見てみよう。
彼が選んだのはレイニア・アウトドア社のDIYキット。まずは9メートル強の直径を支える土台の成形から始まった。地中に穴を掘り、コンクリートを流し込んで複数のポールをつくる。そこに梁を渡し、構造断熱パネルを設置することで土台は完成。かなりの力仕事だが、パネルはパズルのピースのように合わせていくのでわかりやすく、こうした点がキットの強みなのだろう。

Photo by Octave Zangs

さらに仲間を集い、次はドアとラティスの壁を土台に沿うよう組み立てていった。何日も下を向いて平たい床を整えていった後に、初めて垂直に物を組み立てる時には嬉しかったと、ザックさんは言う。

Photo by Jory Block

その後、ロープでおよそ4.5メートルの高さまで釣り上げたリングを3人で支え、屋根の垂木と繋げるという大仕事に取り組んだ。ユルトのシンボルとも言える天井のリングが空を背景にむき出しの状態で現れると、さながらUFOが飛来したような情景で、近隣住民の注目が集まったそう。

Photo by Maggie Fischer

そして最後に屋根の断熱材、ビニールカバー、てっぺんの透明ドーム、壁面の各種パネルといった外郭部分の設置を終えて基本の形状が完成となった。
土台は3週間、その他の組み立て作業は数日で終わったが、これだけだとテント状態。ザックさんは住みやすい空間を目指し、さらに4ヶ月をかけて内装を仕上げていった。

自ら小部屋をデザインし、内部はバスルーム、上部は階段で上がるロフト、周りにはキッチンとオフィススペースを設置した。ユルトというと素朴な内装をイメージするが、彼らはアクセントとなる黒い垂木やモノトーンの家具、グリーンを装飾に用いたモダンなインテリアを実現させた。

Photo by Bryan Aulick

電気まわりは専門業者に依頼した。ユルトは既存の電力系統から受電するか、ソーラーパネルを設置する二通りがあるそうだが、後者はコストがかかるため、ユルトから30メートル離れたブルーベリーの茂みの下を通る電源から電気を引く作業が行われた。

Photo by Bryan Aulick

水は井戸を使う、川や泉から水を引く、または水を届けてもらうという3つの方法がある。幸い敷地内にすでに井戸があったため、自分たちで配管を行なった。二人暮らしで使う水量は多くはないため、電気温水器で料理、シャワーは問題なくできると言う。トイレはバイオトイレを使用し、排泄物はおよそ4ヶ月で堆肥となるそう。

Photo by Bryan Aulick

「ユルトはパーフェクトな住居ではない」と言い切るザックさん。温度調整の難しさは普通の住宅の比ではない。薪ストーブを設置したものの、ユルトには煙突を支える強度がないため、特別な外構工事も必要となった。場所によっては夏を乗り切るために大型ファンやエアコンが必須だろうとのこと。
近くのハイウェイを走行する車や、航空機の音も頻繁に聞こえる一方で、「夜にはふくろうの鳴き声やコヨーテの遠吠えも聞こえるんです」。防音に努めるか、環境の一部としてすべての音を享受するか、それは住む人の思い次第だ。

Photo by Bryan Aulick

最後にザックさんが思うユルトの利点について。
まずは、6人ほどのチームワークでユルトの建設を成し遂げたことは得難い経験だったとザックさんは振り返る。「IKEAの棚ぐらいしか組み立てたことのない我々がコミュニケーションをしながらこれに取り組んだ。皆がユルトの完成を誇りに思ったことを肌で感じることができた」と言う。

Photo by Bryan Aulick

そして2点目は、ユルトの独特な形状からくる「特別な感覚」だそう。「惑星なのか、太陽なのか、あるいはジャムがいっぱい詰まったドーナッツなのか・・・円形のユルトは普通の家では感じることができない、穏やかで自然な気持ちをもたらしてくれます」とのこと。

Photo by Bryan Aulick

利点や欠点を天秤にかけながら、実験的でポジティブな視点でユルトを住まいにしてきたザックさん。「Do It Yurtself」というシャレの効いたウェブサイトで惜しみなく情報を発信しているので、是非一度見ていただきたい。

写真/All sources and images courtesy of Zach Both

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

  • この記事を書いた人

河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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