《 世界のワクワク住宅 》Vol.025

緑が生い茂り、光と風が世代間を繋ぐ住まい <ビン・ハウス>〜ホーチミン(ベトナム)〜

投稿日:2019年12月19日 更新日:

「Green is the New Black」(新しい定番はグリーン)という言葉をご存知だろうか。ファッションでは黒が定番カラー。それをグリーンに切り替え、これからは地球環境に配慮したサステイナブル(持続可能)な商品開発をしようと謳う動きだが、ファッションの世界のみならず、今やこの「グリーンな意識」は社会のさまざまな場面で展開されている。

今回は住宅におけるグリーンでサステイナブルな意識の表れの一例として、ベトナムのホーチミンに建てられた一軒の住宅をご紹介しよう。

まずは、ホーチミンについて。
ここは都市化が急速に進むにつれ、本来の熱帯緑地としての姿を失っていく様子がもっとも顕著にあらわれている都市の一つ。私もホーチミンを旅したことがあるが、バイクが道路を埋め尽くし、それによる空気汚染や交通渋滞が深刻な問題を招いていることは一目瞭然だった。と同時に、街の至るところに公園があり、道沿いは青々と茂る木々が風に揺れて、独特の開放感があったのも確か。従来の姿と近代化の狭間で揺れている印象を受けた。

そのホーチミンの住宅街に建てられたこちらの「ビン・ハウス」という名の住宅。設計を手掛けたVTNアーキテクツは、アジアの建築的要素を保ちながら、光、風、水、そしてローカルな自然素材をふんだんに取り入れ、21世紀に見合った「グリーン・アーキテクチャー」を展開することを基本理念としている。

ビン・ハウスには自然石、木材、打ちっ放しのコンクリートなど環境への負担を抑えたサステイナブルな素材が多く使われている。また一見してわかるのが、建物と共生するかのように至るところに植物が植えられていることだろう。これが機能と美観の両方の面で実に巧みに活用されている。
では早速、そのディテールを見ていこう。

まずエントランスを入ると、背の高い樹木が植木鉢ではなくフロアに直接植えられているインドアガーデンが現れる。

その樹木を挟んで右手がリビングで、左手がダイニング。開かれた空間が連続すること、そして贅沢な天井高によってまっ先に開放感が感じられる。ホーチミンは一年中気温が高いので、十分な気積を確保することで壁からの輻射熱を避けることができるそう。

ダイニングの奥に進むと、背の高い椰子の木と踏み石のある地上レベルの中庭、そしてその先にベッドルームが現れる。

こうしてフロアの奥へと歩を進めるにつれグリーンが層をなして視界に入ってくるので、自然の中に身を置いている感覚がおのずと感じられるだろう。先に述べたホーチミンの道沿いの木々が風に揺れる様子そのものかもしれない。

キッチン、バスルーム、階段や廊下といったサービスエリアは西側に設けられているが、これは居住者がより多くの時間を過ごすリビングやダイニングエリアには極力熱をもたせないようにという配慮から。

2階に上がるとさらに二部屋、3階には書斎と露天のジャクジー付きのスパがある。

4階部分に相当する屋上庭園には背の高い樹木が植えられているが、これもまた木陰を作り、屋内全体の温度を下げる効果があると言う。

ビン・ハウス最大の特徴は、各スペースが互い違いに垂直に積み重ねられていること。それぞれのスペースの上には野菜を育てたり、フルーツを収穫したりと、用途が異なるガーデンがある。

スペースの仕切りに用いられるスライドガラスが屋内と屋外をシームレスに繋ぎ、新鮮な空気と日光の恩恵によって住まいの微気候が改善されるという利点もある。また空間の開口部が交互になることで視界が開ける(たとえば、2階の寝室から吹き抜け越しに1階と2階両方のガーデンスペースが見える)ので、ここに住む三世代の家族間の視認性や交流が促される作りになっている。

この垂直方向に変化する空間は建物の内外の圧力に不均衡をもたらすので、自然と空気が引き込まれ、換気を助ける効果もある。ビン・ハウスには空調システムが設置されているが、これまで一度も使用したことがないと言うから驚きだ。こうした賢いパッシブデザインによって熱帯のホーチミンで涼しい住宅空間が実現できているのは確かなようだ。

昨今の異常気象や、資源の枯渇、社会の格差。周りを見渡せば、健全な生活を持続させるのはかくも難しいことかと暗い気持ちにもなる。国連もサステイナブルな世界の実現に向けての開発目標を挙げているが、その中にも「気候変動に具体的な対策を取ること」、「住み続けられるまちづくりをすること」、「エネルギーをクリーンにすること」といった、人々の住環境に深く関係する項目も含まれている。

ビン・ハウスはこうした課題に確かに応えようとするアイディアに満ちている。三世代が異なる生活スタイルを互いに受け入れながら快適に暮らす。自然の恵みを最大限に活用し、エネルギーの消費を極力抑える。そして、伝統的なベトナムのライフスタイルを踏襲し、家庭菜園で育てた野菜やフルーツを食卓に並べる。
その場しのぎではないサステイナビリティーを実現しようとするこの家から我々が学べることは多い。グリーンな家が住宅の「定番」となる日も近いのかもしれない。

写真/all sources and images courtesy of VTN Architects (Vo Trong Nghia Architects)

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

  • この記事を書いた人

河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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