《 世界のワクワク住宅 》Vol.021

屋根が動く!景色が変わる! 入れ子構造のスライディング・ハウス〜サフォーク州(イングランド)〜

投稿日:2019年8月22日 更新日:

ここはイングランド東部の田園の地、サフォーク。広い空の下、切妻屋根のオーソドックスな木造住宅が一軒建っている。しかし、上の連続写真をよく見ていただきたい。なんだか家の形状が少しずつ変わっていく様子。この仕組み、おわかりいただけるだろうか?

© Alex de Rijke

今回ご紹介するのは、屋根と壁面が一体となったフレーム、すなわち「家の外殻」がそのまま前後にスライドすることによって居住空間ががらりと変わる入れ子構造の住宅。さっそくこの「スライディング・ハウス」の斬新な仕組みを紐解いていこう。

© Alex de Rijke

建築主であるロス・ラッセルは、退職後の生活を送るためにこの家を建てることを決意した。友人のアレックス・デ・レーケと彼の建築事務所dRMMに設計を依頼した際に希望条件としてあげたのは、「食用植物を栽培できて、友人をもてなすことができて、サフォークの風景を楽しめる家」。

© Alex de Rijke

敷地は約3.5エーカー(約1万4000平方メートル)。イングランドの緩やかな丘陵地とオランダの農地を合わせたような場所で、農村開発に対して厳しい計画制限が課せられていた。この土地特有の農舎や家屋の形を大切にすることも条件の一つであったため、ロスの家にも45°の急勾配の屋根、強度の高い木材で方杖を構成するティンバーフレーム、サフォーク地方に伝わる伝統的な細長い構造といった要素が取り入れられた。

© Alex de Rijke

しかし、アレックスは言う。「ロスは明らかに特別で、風変わりなものを求めていました。都市部での生活とはまったく対照的に、住む人が季節や天候にちゃんと反応できるような家を望んでいたのです」。一方のロスはこう振り返る。「打ち合わせの時に(建物の概要を伝える)書類を見たら、一番上に『僕らは革新的に取り組む準備ができています』と、アレックスが書いた一文がありました」。

土地の伝統を守りながら、攻めのデザインを実現する。そんな理想を掲げたロスとアレックスは12ヶ月にもおよぶプランニング期間を経て、2009年に唯一無二の家をつくり上げた。

© Alex de Rijke

基本構造は、ガラス張りのリビングルームを備えた居住棟、ガレージ、ゲスト用アネックスの3つの要素からなる。居住棟とアネックスが同一軸上に建てられ、この軸外にガレージがある。ここまではごく普通の家屋と言えるが、ここに4つ目の要素が加わることで空間にダイナミックな動きが加わる。それが、先に述べた可動式フレームである。長さ15メートルで、重さは50トン。地面に備えられたレールの上をスイッチ一つでスライドしていく。

© Alex de Rijke

フレームが動くということは、建物がその都度覆われたり、開放されることを意味する。たとえば最初は覆われていた居住棟が、フレームが後ろにスライドしていくことによってガラス張りの空間に変わる。次に、居住棟の後ろにあったオープンスペースの上にフレームがくると、ちょっとした屋根付きの中庭が出現する。さらにフレームが後退すると今度はアネックス部分が覆われ、室内への光の差し込み加減や窓から見える景色さえも変化するといった具合だ。

© dRMM Architects

© Alex de Rijke

このように屋内と戸外が交錯することによって、建物の様相や用途はどんどんと広がっていく。極めてシンプルな構造に、光や景色の変化がドラマチックに加わるだけでなく、温度や照度、空間の体感が変化する。居住棟の上階にある浴室もフレームが動けば完全にあらわになるので、浴室を使用する人や時間帯、季節によって楽しみ方を変えることができるというわけだ。

© Alex de Rijke

© Alex de Rijke

冬には居住空間の上に屋根を持ってくることでリビングの適温が保たれ、ロスいわく「テレビを見ながらぬくぬくと過ごすことができる」そう。一方、「夏の夕暮れ時には、屋根を解放すると本当に神秘的な景色が広がる」と言う。アレックスの狙い通り、スライディング・ハウスは季節や天候をそのまま享受し、楽しむ生活をロスに与えたのである。

© Alex de Rijke

ここでフレーム部分をもう少し詳しく見ていこう。美しいブラックステイン仕上げのラーチ材で覆われているフレームは地面から立ち上がり、軒から屋根までを繋ぐ一体の構造となっている。壁面の中に4つの電動モーターが仕込まれ、それぞれに車用バッテリーが2つ備えられている。配電線と太陽電池パネルを併用しながら動き、レールの全長を動くまでに6分しかかからない。

© Alex de Rijke

動きは非常にスムースで静かだそう。31メートルに及ぶレール自体も石畳の間に敷いたり、排水溝を直線状に入れたりすることで、目立たないような工夫がされている。色とフォルムに統一感を持たせたミニマルなデザインがフレームと建物の一体感を高めている。

また将来的には、建物の延長線上にプールをつくることも想定されている。レールを拡張し、フレームの可動距離を伸ばすことでプール部分も開閉可能となり、オールシーズン対応になる。

2009年、スライディング・ハウスはイギリスの建築界の最高権威である王立英国建築家協会の東部部門賞を受賞している。「静的な建築物の拒絶」と銘打っただけあり、従来の住宅の概念を覆す発想が評価された。自然との共存や家の可変性など、住宅建築にワクワクするような可能性を吹き込んだスライディング・ハウスは、建築から10年経った今もなお、実に刺激的である。

© Alex de Rijke

Project Name: Sliding House

Location: Suffolk, United Kingdom

Architect: dRMM Architects

Client: Ross and Sally Russell

写真/all images and sources courtesy of dRMM Architects and Alex de Rijke

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

  • この記事を書いた人

河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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