《 世界のワクワク住宅 》Vol.028

五感を研ぎ澄ます透明な家<ガラスハウス> 〜ミラノ(イタリア)〜

投稿日:2020年3月19日 更新日:

「昼も夜も、晴れの日も雨の日も、風、雪、氷を感じながら林の中で暮らす。その夢を実現させるために、家自体を林にしてしまうのだ。これは地面に設置される物体としての家ではなく、魔法、奇跡、驚きに満ちた場なのである」。

イタリア・ミラノを拠点にするデザイン設計事務所サンタンブロージョミラノ創設者のカルロ・サンタンブロージョ氏は、自身がデザインした総ガラスの家をこう表現する。

画像があまりに鮮明なので実際に建てられた家に見えるが、これらは完成予想図。発展段階にあるコンセプトではあるものの、雪深い林の中に建つガラスハウスはカルロ氏が言うように、居住空間とその環境をシームレスに繋ぎ、五感が大いに刺激される生活を想像させる。今回はこの美しいガラスの家、そしてガラスという素材に特化したサンタンブロージョミラノ社を覗いてみよう。

サンタンブロージョミラノは2003年の創業以来、一貫してガラスを用いて住宅の主要構造や造作をデザイン・製造している。創業当初から展開しているのは、「シンプリシティ」と名付けられた非常に透明度の高いガラスを使った家具コレクション。厚さ15ミリの強化ガラスを合わせガラス(15ミリ+15ミリ)や層状ガラスに加工し制作したテーブル、本棚、ソファ、バスタブ、ベッドなどがある。いずれもガラスのミニマルで直線的な特性を生かしたデザインで、サイズはもちろんのこと、200色のガラスから好みのものを選べるというカスタマイズ仕様が人気を博している。

2004年、デザイナーのエンニオ・アロージオ氏が総ガラスのキッチンをデザインしたことによって生活の中に積極的にガラスを取り入れる同社の理念が大きく飛躍する。以後、ガラスのデザインや製造の技術が向上するにつれ、家具というインテリアエレメントから住宅の一空間へ、ひいてはそのすべてを内包する家全体までをガラスで表現するようになり、今では「建築の100%を透明に、そして生活に360度の透明なビジョンを提供すること」を謳っている。

2010年、カルロ氏が林の中に建てることを想定して最初のガラスハウスを提案する。床面以外はすべてガラスで、垂直に展開する3階建ての構造は全方向に視界を開く。たとえば、透明の階段を上ると、まるで周囲の木々を登っているような感覚を覚えるし、透明の浴室でシャワーを浴びれば、ガラス面に落ちる水紋が優しく打ちつける春の雨のように感じられると言う。近代建築の巨匠、フランク・ロイド・ライトはかつて「丘の上に建物をつくるのではなく、建物が丘の一部になるべきだ」と述べたが、この家もまた大胆に自然に介入し、美しく共生することを目指しているのだ。

キッチンは一枚ガラスの調理台に、シンク周りのすべて——蛇口、流し台、排水口——もガラスという徹底ぶり。コンロ部分もガラスでできている。主婦目線で言うと、水垢、水跳ね、油膜などの掃除が気になるところだが、強度があり、色も臭いもつきにくいガラスの利点も確かに魅力的に思える。何よりカルロ氏の言葉を聞くと、ガラスのキッチンでの料理は実に楽しそう——「一見、無機質に見えるキッチンは炎のきらめき、野菜の緑、甲殻類のピンク、肉類の赤など、すべてを反射する。透明性が交錯することによって、感覚は研ぎ澄まされ、食べ物を顕在化させ、食欲を満足させるだろう」。

この<林のガラスハウス>のほかに、<海のガラスハウス>も提案されている。こちらは浅い水床の上に建つ家で、居住者は独特な浮遊感と眼前に広がる海との一体感を感じることができると言う。このようにガラスハウスは住宅が密集した都市部ではなく、豊かな自然環境の中で十分な空間を確保することを想定しているのが特徴だ。

最大で10メートルの長さにまでできるという一枚板のガラスは、プレキシガラスのジョイントであらゆる形に組み合わされる。当然、すべてがあらわになるため遮光や断熱、プライバシーの確保が課題となるが、ガラスハウスにはスイッチひとつで曇りガラスにできる瞬間調光ガラスや環境や天候に合わせた断熱ガラスが用いられ、実際には部屋を仕切るカーテンをつけることも提案されている。

ガラスハウスは30から300平方メートルまでの敷地面積であれば希望の大きさに建てられるそうで、これまでに実際に施工した例はいくつかあると言う。

いずれも私邸であるため詳細は教えてもらえなかったが、ミラノ市のブレラ地区には同社が手がけた総ガラスのテラス<ラ・テラッツァ>があり、こちらはアポイントを取れば実際に見ることができる。

ラ・テラッツァは2016年の国際家具見本市ミラノ・サローネの際に既存のビルの屋上に造られたものだが、以後サンタンブロージョミラノの屋外ショールームとして活用されている。今ではミラノの街のドラマティックな景色が望める場とあって、プレゼン会場や写真撮影のレンタルスペースとして大変に人気だそう。

テラスの中央には8メートルの長さのパーゴラと呼ばれる日陰棚が設置され、ご覧の通り支柱も梁もガラスでできている。日中はほぼ透明に見えるが、夜にはテラスの下部に設置されたLEDライトがガラスを青く照らし、パーゴラの垂直性とテラスの開放感がより強調される。

このように徹底してガラスを用いることで、建築のあらゆる物理的要素の量感や存在感は消失し、代わりにそこに住まう人や環境が際立ってくる。視界が文字通りクリアになった空間で、五感はより鋭敏に働き始めるだろう。
ガラスの家具、部屋、テラス、そして家・・・サンタンブロージョミラノがこの先どのような形でガラスの可能性を追求していくのか、注視したい。

写真/all sources and images courtesy of Santambrogiomilano

サンタンブロージョミラノのサイトはこちらから

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

  • この記事を書いた人

河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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