《 世界のワクワク住宅 》Vol.053

気分は囚人?中世の刑務所を改装したホテル<マルメゾン・オックスフォード>〜オックスフォード(イングランド)〜

投稿日:2023年11月23日 更新日:

日本の最果ての監獄と言われた網走刑務所では、ある受刑者が食事に出された味噌汁を鉄格子に少しずつ垂らし、その塩分で鉄を錆びさせて脱獄したという実話がある。
米ドラマ『プリズン・ブレイク』は、無実の罪で収監されている兄を救うため、弟が全身に刑務所の設計図を表すタトゥーを入れて、それを元に兄弟で脱獄計画を立てるというストーリー。
いやはや、どちらもすごい知恵と執念である。そう、刑務所とは本来、これほどまでに出ることを願う場所なはず。

しかし、イングランドには古い刑務所を丸ごと改装し、世界中のゲストを招き入れるホテルがあるそうだ。
何を好んで?と言うなかれ。興味深い歴史とモダンな意匠が交錯するこのマルメゾン・オックスフォードには、訪れたい理由がたくさん。さっそくご紹介しよう。

マルメゾン・オックスフォード外観。刑務所になる前は城であった。

イングランド各地にユニークなホテルを展開するマルメゾン・ホテルチェーンの中でも指折りの人気を誇るマルメゾン・オックスフォード(以下、マルメゾン)は、イングランド東部・オックスフォード駅から徒歩10分のところにある。

囚人のための運動場であった中庭は、宿泊客の憩いの場となっている。

その歴史は中世のオックスフォード城に始まる。
11世紀、ノルマン人がウィリアム征服王のために建てたこの城は、17世紀のイングランド内戦後、当時の多くの城と同様、監獄へと用途が変更された。
当初、劣悪な環境で囚人の多くが寒さや病気で命を落とし、また横暴な看守ものさばっていたそう。公開処刑も、1863年まで行われていた。

その後、19世紀後半・ヴィクトリア朝時代に王立のオックスフォード刑務所となった際、刑務所制度改革の徹底により、新たな独房や運動のための中庭が建設された。

とはいえ、受刑者は重労働を強いられ、囚人が増えると独房のはずが一室に3人が収められることもあり、健全な環境とは程遠かったようだ。
その後、1996年にオックスフォード刑務所は閉鎖され、刑務所の特徴を残したままホテルに改修された。

現在、マルメゾンには95もの客室がある。
そのうち、オックスフォード刑務所の名残をもっとも留めているのは、昔の独房を客室に改装したA棟であろう。

天井のアーチが昔の独房一室分の大きさを示している。

重い鉄製のドアを開き、部屋に足を踏み入れると、意外にも室内は十分な広さ。それもそのはず、実は昔の独房を3つ繋げてできている部屋なのだ。
独房2つ分がベッドルーム、1つがバスルームとなっているが、アーチ型の天井がそれぞれの繋ぎ目を示していて、本来の独房がどれほどの狭さだったのかがわかる。

当時のレンガの壁がそのまま使用されているところもあれば、部屋の雰囲気を明るくするために白く塗られているところもある。
それでも窓がやたらと上の方にあったり、そこに鉄格子がはめられていたりと、刑務所を彷彿とさせるディテールは十分に残されているのだ。

グレーと赤を基調としたモダンなインテリア、キングサイズのベッド、ミニバーなど申し分ないあつらえだが、ふとベッド上のピローに目を転じると、そこにはタリーマークのデザインが。

浴槽の上に掲げられたアートピースも、よく見るとタリーマークを表している。

タリーマークとは正の字のように、縦線を4本書いたら、5本目を斜めに引いて「5」をひとまとめに表すマーク。
これはつまり、囚人が「しゃば」に出られるまでの日数を、まだかまだかと数えていることを示す印である。このタリーマーク、部屋のインテリアの至るところに現れる。

またスイートルームの壁には、プレスリーの有名な曲と映画『Jailhouse Rock(監獄ロック)』の文言がカラフルに踊る。こんなちょっとしたユーモアが来客の目を楽しませてやまない。

そして、マルメゾンのもっとも象徴的な空間は、3階分の高さの吹き抜けになっているアトリウムである。長い廊下を行けども、行けども、同じ部屋が続く単調なつくり。錬鉄の階段の手摺も目を引く。

現在はウェデイングができるほど明るく開放的な空間になっているが、この光景を脳内でモノクロに変換してみれば、ここが刑務所であったことは容易に想像できるはずだ。

そう、やはりここはかつて罪人が収監され、刑罰に服し、ときに命を落とした場所。初期のオックスフォード刑務所では、盗みを働いた子どもや人を殺めた女性が収監されていたこともあった。
最近、マルメゾンで「映える写真」を撮ったインスタグラマーの投稿が不謹慎だと炎上したそうだが、刑務所がラグジュアリーなホテルに変換されたことをどう捉えるかは、人によって大きく異なるようだ。

マルメゾンも宿泊客の気持ちに配慮して、身体刑や処刑が行われていたとされる場所はオフィスなどに使用して、一般客が立ち入れないようにしている。

それでもオックスフォード刑務所の歴史をじかに感じたいと言う人には、地下に行くことをお勧めする。
ここには、当時のままの独房が一つだけ残されている。3x1.8メートルほどの広さのこうした独房が全部で152室あったそうだが、いずれも簡易的なベッドと小さな窓があるのみ。

ここで、宿泊客になったつもりでちょっと想像していただきたい。
先述したように、独房にはときに3人もの囚人が入れられ、過密状態であった。そして、現在の客室はこうした独房を3つ分繋いでいる大きさ。つまり、マルメゾンに泊まるあなたの部屋には本来9人もの囚人がいた、という計算になる。・・・ちょっとぞっとしないだろうか。

暗い歴史を背負う建物と、モダンで華やかなホテル。そんな強いコントラストが際立つマルメゾンは、さまざまな感情を掻き立てる場所のようだ。

写真/All sources and images courtesy of the Malmaison Hotel Oxford

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

  • この記事を書いた人

河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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