《 世界のワクワク住宅 》Vol.037

家が丸ごとスケートパークに! スケートボードの未来を考える<PASハウス>〜パリからボルドーへ(フランス)〜

投稿日:2020年12月10日 更新日:

皆さんにとってスケートボードは馴染みのあるスポーツだろうか?
私は1980年代の東京で小学校時代を送ったが、当時、クラスの男子たちはスケートボードに夢中だった。渋谷の児童会館にはバンク(ジャンプ台)として使える場所があって、彼らはここに通いスケートボードの技を磨いていた。同じ渋谷の東急文化会館(現在のヒカリエ)の屋上に「カリフォルニアスケートパーク」がオープンしたのもこの頃で、ちょっとしたスケートボードブームが巻き起こっていた。

スケートボードの発祥については諸説あるが、1960年代にアメリカ西海岸のカリフォルニアで流行が本格化したとされている。冒頭で回想した80年代前後は、ちょうど日本国内で初めてスケートボード熱が高まった頃。以後、およそ10年の周期でブームと低迷が繰り返されてきたが、ストリートの片隅で始まったスケートボードもいよいよ来年予定されている東京オリンピックから新競技として採用される。

前置きが長くなったが、スケートボードは基本的にはデッキ(板)さえあればできるスポーツであり、子供でもトライできる。そしてサーフィンやBMX、スノーボードと同様、その世界特有のファッションや音楽と相まって一つのカルチャー、ひいてはライフスタイルとして進化をし続けてきたのである。
生き方や情熱のすべてをスケートボードに捧げる人ならば、生活空間にその要素を可能な限り組み込みたいと願うのは当然かもしれない。
今回はそんな深いスケボー愛を具体化するとともに、未来におけるスケートボードのあり方を探る実験的な試みとして、家を丸ごとスケートボードパークにした<PASハウス>をご紹介しよう。

フランス人スケーターで元フリースタイル世界チャンピオンのピエール・アンドレ・セニゼルゲは、1986年にスケートシューズとアパレルブランド「エトニーズ」を設立したスケートボード界のレジェンド。エンジニアの経歴を持つ彼が心血を注いで作り上げたシューズは、耐朽性とファッション性を兼ね備えており、長年多くのファンを獲得してきた。

ブランド設立25周年を迎えた2011年、ピエール・アンドレは「この先25年の間にスケートボードがどう進化していくのかを未来志向のコンセプトとして表現したい」と表明。3人のクリエイターたちとともに、「住む、動く、考える」という切り口からスケートボードの未来を考察する3つのプロジェクトを発表した。

このうち「住む」というプロジェクトを担当したのは、デザイナーのジル・ル・ボン・ドゥラポワン。もちろん彼もスケーターである。彼がピエール・アンドレ、そして建築家の故フランソワ・ペランとともに考案したのはスケートボードという目的のためだけにある家。名前はピエール・アンドレ・セニゼルゲの頭文字を取って、「PASハウス」と名付けられた。

「スケートボードは街のほとんどの場所で禁止されています。だからスケートをする場所、行きたい場所、すべてを自分で生み出さなければなりません。こうして建築自体を滑る場所として分析し、創造することを試みたのです」とジルは語っている。

PASハウスは一世帯用で、ご覧のような楕円状の空間が横に三つ連続して繋がっているコンクリートの平屋建て。一つ目はリビングダイニングとキッチン、二つ目はベッドルームとバスルーム、そして三つ目はラウンジを兼ねたスケートボードの練習エリア。床から天井までアール(湾曲)がかかっていて、すべての壁面がハーフパイプとして使えるようになっている。

家の外も中も移動手段はスケートボードという想定で、敷地の地面と家の壁面が途切れることなく、まるで大きなリボンをくるりと一回転させたような形状。こうして半径3メートル強のチューブ状の空間が立ち上がる。

室内の家具類も「滑走可能」。例えば、ラウンジの階段状のベンチはグラインドやスライドといったトリックを練習するのに最適だ。キッチンやベッドルームにもこうした工夫があり、湾曲した壁面自体にクローゼットや引き出しなどが組み込まれている場所もあるそうだ。

一般的には実用的に思えない家だが、スケーターにとってはある意味、実用性しかない生活空間だと言えるのかもしれない。
あるインタビューでピエール・アンドレはこう語っている。
「私は常々スケート文化の世界を築き上げたいと思ってきました。そこには当然、住む空間も含まれます。このPASハウスは私の遊び場であると同時に、私が一日24時間、自分のカルチャーに浸ることができる空間なのです」。

考えてみればスケートボードの技はステア(階段)、ハンドレール(階段の手すり)、フラット(平面)など、ストリートで見つけられる場所で本来繰り広げられるもの。ならばこうした基本的な建築的要素を住宅に取り込めないはずがない。
一方で、ピエール・アンドレたちが構想した家は、従来の直角で構成される建築から大きく飛躍する、流動的でダイナミックな非ユークリッド幾何学的建築の好例とも言える。

当初はピエール・アンドレがカリフォルニア州のマリブに購入した広大な敷地に建てられるはずだったPASハウスだが、この地特有の地震や砂防に関係する建築規制により実現が困難となってしまう。しかし2011年、パリのメディア・アートセンターのゲテ・リリックにて、PASハウスのリビング部分のプロトタイプが発表された。プロスケーターたちがこの中でデモ・セッションを行うと大きな話題となった。その時の模様はこちらのビデオでご覧いただきたい。

あれから10年弱。未だ実現を見ないPASハウスだが、プロトタイプは今、スケートボードシーンがもっとも熱いとされるボルドーのインドア・スケートボードパーク「ダーウィン」に移設され、新世代のスケーターたちの注目を集めている。大きなすり鉢状のコースのかたわらにスケートボードの未来と可能性を示唆するシンボリックな造形物として展示されているそう。スケートボードの進化とともに、ピエール・アンドレの夢は色褪せることなく引き継がれているのだ。

写真/All sources and images courtesy of Etnies and Pierre-Andre Senizergues

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

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河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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