今月の「世界のワクワク住宅」の舞台は、ペルシャ湾とオマーン湾の間にあるホルムズ海峡。北はイラン、南はオマーンの飛び地に挟まれたこの小さな弓形の海峡は、中世の時代には海上貿易の要地であった。
現在は、世界に輸送される原油の4割近くがここを通っていく。石油タンカーに対する攻撃や拿捕など、ひとたびこの海峡で事件や事故が起きると、世界に緊張が走る。各国の利権や思惑が絡む複雑な地域だが、実は美しい景観と豊富な観光資源に恵まれた場所でもある。
中でも海峡に浮かぶ小さな島、イラン領のホルムズ島は酸化鉄に由来する赤土、黄土色の岩壁、白くゴツゴツした地肌の山丘など、鮮彩でドラマティックな景観が特徴的だ。
面積は約42平方キロメートルで、住民は3,000人ほど。俯瞰で見ると、貝殻が一つ海上に浮かんでいるように見える。この異世界のような島を惑星になぞらえて語る人もいるくらいだ。
この島の海沿いに、たくさんの不思議な低層ドームが立ち並ぶ。その数、およそ200個。ホルムズ島の自然と呼応するような、力強くも落ち着きのある赤、緑、黄色、青の構造物が一帯にリズミカルに配置されている。
「プレゼンス・イン・ホルムズ」(以下、プレゼンス)と名付けられたこのコミュニティ。経済的に苦しむ地元住民がボートに乗り、海峡で違法貿易に関わることも珍しくないこの島で、地域社会の活性化を図ることを目的に建てられた多目的住居群である。
島の都市開発事業の一環として、テヘランを拠点とする建築事務所のZAVア―キテクツが委託を受け、手がけたものだ。地元住民の生活を経済的にも文化的にも豊かにするというミッションを掲げている。
プレゼンスは島の中心街から数キロ離れた場所にあり、複数のドームがひとまとまりになった15棟のヴィラからなる。ドームの大半は住居であり、そのほかに住民が集う共同スペースや、ランドリー場、レストランなどがある。さらには祈りの場、観光客向けの宿泊エリアやインフォメーション・センター、手工芸に取り組む場所など、さまざまな用途の建物が連なることで一つの村を形成しているのだ。
「国境ぎわで展開される政治的紛争に苦しめられる国では、一つ一つの建築プロジェクトが新しい内政の形の提案となり得るのです。社会生活に対する政治的オルタナティヴ(代替案)を提示することはできないか、という基本的な問いがそこにはあります」と、ZAVアーキテクツは語る。
これはつまり、より活力のあるコミュニティをつくることで、政治に翻弄される人々が新しい社会生活に向かうことができないか、という実験的な試みなのだろう。
具体的には、土地の所有者、首都テヘランからの投資家たち、そして地元住民を繋ぐことで健全な資金の循環を目指すことや、輸入に頼らない建築資材の調達、さらにはイランの人材とマンパワーでドームを建築することで結果的にGDPを上げていくといったことである。
では、ドームを見てみよう。
プレゼンスのドームは、イラン出身の建築家、ネーダー・ハリーリが考案した「スーパーアドビ」という建築技術を用いている。湿った土を詰めた土嚢を積み上げ、圧迫しながらドームを成形していくという極めてシンプルなものだ。外壁はセメントで覆われ、色彩が施される。
実はこれ、NASAが月や火星における人間の居住空間を検討する際にハリーリが考案したものなのだ。過酷な環境や限られた資源でも建設可能な建物とあって、もちろん地球上でもすでに多方面で展開されている。
特別な技術がない地元の人々であっても、一度覚えてしまえば自分たちでドームを作ることができるのが大きな利点だと、ZAVアーキテクツのデザインチームは言う。
実際、プレゼンスでは「建物ではなく、信頼を築いていくこと」を目指し、地元の人々に作業を請け負ってもらい、コミュニティに対して関心を持ち続けるよう働きかけている。「現在では皆、スーパーアドビの技術を会得しています。まるでハリーリ自身が何倍にも増えたかのようです」と、ZAVアーキテクツは語る。
ドームにはいくつかの種類がある。背の高いもの、低層で大きなもの、そしてこぶのような小ぶりなものなど。これらがランダムに組み合わさることで、空を背景とした輪郭線が島の景観の続きのように浮かび上がる。
ご覧のように、内装も非常にカラフル。家具類も同様の色調で、モダンなあつらえとなっている。
冒頭で述べた通り、ホルムズ島を語る上で色は欠かせない要素であり、色自体がこの地の観光資源の一つだと言ってもいい。海岸の赤土が海を真紅に染めることもあり、人々は服装や住宅、食事に至るまで色を通して自己表現をすると言う。
地球そのものから抽出したかのような色彩をまとった有機的なフォルムは、一度目にしたら忘れがたい。島には人々の暮らしがあり、ホルムズ海峡の画一的なイメージを払拭しつつ、それをいかに豊かにしていくかはこれからも大きな課題であり続けるだろう。プレゼンス・イン・ホルムズの大胆で美しい姿は、そのことを私たちの心に確かに刻むのである。
写真/All sources and images:courtesy of ZAV Architects
取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno