《 アトリエ賃貸推進プロジェクト 》Vol.031

アーティスト、デザイナーのための確定申告伴走講座~会計・税務知識が変える、アーティストの創造環境

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当コーナーは、アトリエ付き賃貸住宅(=アトリエ賃貸)を増やしていくために連載していますが、第31回目となる今回はいつもと少し趣向を変え、ものづくりをしている皆様がおそらく毎年頭を悩ましているであろう「確定申告」をサポートする活動をご紹介したいと思います。
毎年秋から2月にかけて、アーティストやデザイナーを対象とした「確定申告伴走講座」というオンラインセミナーが開催されており、その紹介となります。
このオンラインセミナーの開催意図や内容についてご案内くださるのは、立教大学大学院で教鞭を取りつつ、社会デザインの領域で文化、アートの可能性を探る活動を続けておられる若林朋子さんです。
今年(2023年)の講座は10月18日から始まり、無料でご参加いただけますので、ご一読のうえ、是非ご検討いただければと思います(※第2回目、第3回目からの参加も可能です)。

芸術を生業にするアーティストの苦労

レオナルド・ダ・ヴィンチ、若冲、ピカソ、岡本太郎、バスキア、ウォーホル、クリスト、ヨーゼフ・ボイス、横尾忠則、バンクシー、チームラボ・・・「アーティスト」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのはどのような人でしょうか。坂本龍一さんのような音楽家をイメージすることもありそうです。
いまや誰もが名前を知っているような著名なアーティストも、長い下積み時代があった人がいます。あのゴッホも、生前には1枚しか絵が売れなかったとか。苦悩しながら制作を続けるゴッホの才能を信じて、経済面、精神面で献身的に支えた弟テオの存在は、ゴッホにとってどんなにか心強かったことでしょう。
それは、しばらく前に観に行った蔡國強の「宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」展(国立新美術館)でも感じたことです。同展は、作品解説が作家の一人称語りだったのですが、蔡氏が自身の来し方を振り返り、活動を支えてくれたさまざまな人々への思いを表明していることが印象深かったです。
芸術を生業にすること、さらにいえば、「生業にし続けること」は容易ではありません。個人で活動するアーティストであれば、毎月の給与や各種手当、福利厚生が保障されているわけではないですし、たとえ作品に需要(注文)がたくさんあったとしても、芸術作品は基本的には一度に大量生産・大量販売するのが困難だったりします。
日本のアートマーケットは決して大きくないことも、悩ましさのひとつです。駆け出しの若手アーティストも、活躍の幅を広げつつある中堅アーティストも、活動を維持するための苦労は絶えません。だからこそ、アーティストが安心して作品制作に取り組めるよう、創造・表現環境を整えるための支援が必要です。

フィンセント・ファン・ゴッホ 「アルルの寝室」 1888年

アーティスト支援の多様な方法―資金以外のサポート

では、具体的に、どのようにしてアーティストの創造・表現環境を整えることができるのでしょうか。
アーティストを支援する方法は、実にさまざまです。大きくは、資金による支援と、金銭以外の支援(非資金支援)があります。
資金による支援としては、たとえば作品購入、作品展や発表会のチケット購入、あるいは寄付や協賛という方法などがあります。直接的でわかりやすい支援方法です。
一方の非資金支援は、文字通り、お金以外の手段による支援で、「人、もの、場所、技術、知識・情報」などによってサポートします。たとえば、ボランティアで作品制作を手伝ったり(=人の支援)、画材や機材、原材料を提供したり(=ものの支援)、展示会の会場や作品の保管場所を貸し出したり(=場所・空間の支援)、作品づくりや作品発表の際に必要な専門技術を提供したり(=技術の支援)、法律や税金などに関する知識を無償で提供したり(=知識・情報の支援)します。支援する人の得意分野や持ち味があらわれやすい、顔の見える形でのサポートです。
目下、本ウェブマガジン「ワクワク賃貸®︎」で展開されている「アトリエ賃貸推進プロジェクト」も、アーティストに対する「場の支援」にあたると思います。同プロジェクトの説明ページによれば、「アトリエ・工房がついた賃貸住宅を増やしていくこと、美術作家、工芸作家などものづくりをしている方たちを住宅面で応援することを目指し立ち上げたプロジェクト」とあります。

「アトリエ賃貸推進プロジェクト」Vol.026でご紹介した春日邸のアトリエ

筆者は、アーティスト支援や芸術の環境整備に20年以上関わってきましたが、「アトリエや工房がついた賃貸住宅(アトリエ賃貸)を増やしていく」という不動産賃貸のコンセプトに出会ったのは初めてでした。住宅面からアーティストを応援するという発想は、ものづくりの現場の実情をよく理解していないと、なかなか出てこないものです。アーティストの困りごとやニーズを踏まえたすばらしい支援策に、膝を打ちました。大阪の北加賀屋地区で、所有不動産や空き家をアーティストやクリエイターに貸し出す「北加賀屋つくる不動産」を展開している千島土地株式会社と同種の心意気を感じます。

美術作家111人に聞いたアトリエに関するアンケート調査結果報告(「アトリエ賃貸推進プロジェクト」Vol.010より)

法律や会計・税務面からアーティストを支える

非資金的支援のなかでも、特に専門性が高いものに、「法務」「会計・税務」の支援があります。弁護士、公認会計士、税理士のなかには、NPO法人や市民活動団体を応援する社会貢献活動に取り組んでいる方々がいます。こうした、職業経験のなかで培った専門知識や技能を提供するボランティア活動のことを「プロボノ(=Pro Bono Publico。ラテン語で「公共善のために」の意)」といいますが、弁護士、会計士、税理士のプロボノは、他の職業よりも比較的早くから行われてきました。
アートやデザインの世界でも、弁護士、会計士、税理士によるプロボノ活動は徐々に広がりを見せています。2004年に発足した任意団体「Arts and Law」は、弁護士などの有資格者たちが無償で法律相談などを行っています。また、この数年で、アーティストやデザイナーを対象とした税理士のプロボノによる確定申告講座も開講されるようになりました。作品づくり、ものづくりに注力したい表現者にとって、会計や税務を日常的に学ぶ時間はなかなか取れません。曖昧なまま、なんとなく自己流で経理をこなしている場合もあるかもしれません。
しかし、将来を見据えて自らの創造環境を経済面からも安定させるには、会計や税務に必要な知識を蓄えておくと安心です。記憶に新しいところでは、新型コロナウィルス感染症拡大の影響が大きかったアート関係者に対する支援給付金制度で、課題が浮き彫りになりました。給付要件として収入減の証拠を提示する必要があり、日頃の会計や税務への対応状況が給付の可否を左右しました。その状況を目の当たりにし、アーティストが日頃から会計・税務を学べる機会の必要を実感しました。

では、会計や税務のプロボノ活動を行う専門家は、どのような意図でアーティストの支援に取り組んでいるのでしょうか。
3年前から、アーティストやデザイナー向けの確定申告講座を開講してきた、税理士の杉井俊文さん(ソーシャルグッド会計事務所・代表)に、お話を伺いました。

⎯⎯⎯⎯杉井さんは、2021年度にアーティストやデザイナーを対象に確定申告伴走講座をスタートされました。開講の目的は?

杉井俊文(以下、杉井):もともと芸術・文化の分野に関心があり、これに携わる関係者の皆様を支援したいと考えていました。税理士として、自分の専門分野である「税務会計」の分野で支援お手伝いできたらと思い、なかでもニーズの高い確定申告について支援したいと考えたのが、そもそもの始まりでした。
もとより確定申告はニーズが高いのですが、多くの方、特にアーティストやデザイナーにとって、税理士に顧問をお願いするのはハードルが高いものです。そこで、アーティストやデザイナーの皆さんが、自身で簡単な申告ができるようにと、確定申告の伴走講座を始めたのでした。

2022年度の確定申告伴走講座の様子(中央が杉井先生)

⎯⎯⎯⎯アーティストにとって、確定申告をはじめとする会計や税務の基礎を理解しておく最大のメリットはどのような点にあるでしょうか? 

杉井:基礎的な会計、税務の知識を得るということは、芸術・文化関係者の創作活動を、経営面でも持続可能なものにします。ビジネスの視点も得られるということは、アート活動の経済的な基盤を築くことにもつながります。

⎯⎯⎯⎯確定申告伴走講座では、具体的にどのようなことを学べますか?

杉井:全3回の講座では、まずは領収書など、確定申告に必要な月次資料の整理から始めます。所得と経費の関係や、まぎらわしい経費の科目、会計のしくみと経理業務についても理解を深めます(第1回講座)。
次に、決算の方法を学びます。期と帰属、資産と減価償却などについても把握した上で、確定申告の準備資料を整えます(第2回)。
最終回では、確定申告の具体的な方法を学びます。所得控除の内容についても丁寧に確認します。また、来年度に向けての準備や電子帳簿保存法への対応も確認します(第3回)。

⎯⎯⎯⎯講座に参加できるのは確定申告未経験のアーティストのみですか?

杉井:どのような方でも参加いただけます。初めて確定申告をする方だけでなく、いままで独学でなんとか確定申告を行ってきた方もぜひご参加ください。

⎯⎯⎯⎯インボイス制度や電子帳簿保存の件など、今年から会計や税務の環境がかなり変わります。どのように対策しておく必要がありますか?

杉井:インボイスや電子帳簿保存などによって、個人や小規模事業者にとって負担が大きくなってきています。まずは知るということが大事です。いろいろな情報が交錯しますが、きちんとどのように対応するかを、ご自身の意思をもって決めていくことが必要でしょう。

⎯⎯⎯⎯最後に、ワクワク賃貸®︎読者のアーティスト、デザイナー、クリエイターの皆さんにメッセージをお願いします。

杉井:今年度は、基礎的な内容のほか、インボイスや消費税申告、電子帳簿保存への対応など、レベルの高い内容も加えていきたいと考えています。1回しか受講できないというわけではありませんので、毎年でも受講してください。少しずつ学んでいきましょう。

アーティストが活躍できる世の中を願って

コロナ禍では、美術館や劇場などの文化施設が休館を余儀なくされたり、展覧会や音楽イベントが中止や延期となったりする例が相次ぎました。世の中が自粛生活を強いられるなかで、アーティストやクリエイターの仕事や活動の場が制限され、もとよりフリーランスが多いアート関係者にとっては、長く苦しい時となりました。現在もコロナ前と同じ状態に戻った現場ばかりではないため、さまざまな形での支援が求められています。
アートの支援、アーティストの応援の形は実にさまざまです。住宅面からアーティストを応援するアトリエ賃貸のような「場の支援」をはじめ、今回ご紹介した税理士ら専門家による「知識・情報の支援」など、支援する人の数だけ方法は広がっていきます。応援の輪が広がることを願うとともに、アーティストの皆さんには、たくさんの支援の形を知っていただき、よりよい作品創造環境づくりにいかしていただけたらと願っています。
なお、今年(2023年)も杉井俊文先生による「アーティスト、デザイナーのための確定申告伴走講座」が開講されます。10月18日(水)が初回です。ぜひふるってご参加ください。

【アーティスト・デザイナーのための確定申告伴走講座】

◇日時・内容:※時間はいずれも19:00~21:00

第1回「月次資料の整理と経費」2023年10月18日(水)

第2回「決算の仕方」2024年1月17日(水)

第3回「確定申告と消費税申告(簡易課税)をしよう」2024年2月19日(月)

◇方式:オンライン(Zoom) ※申込者にZoomリンクを送付します
◇講師:杉井俊文(税理士/ソーシャルグッド会計事務所代表)
◇受講料:無料
◇申込方法:専用フォームからお申込みください(締切:各回の前日15時)
◇お問合せ:socialgoodtax@gmail.com
◇主催:ソーシャルグッド会計事務所
◇協力:ESC、若林朋子

文:若林朋子

  • この記事を書いた人

若林朋子

プロジェクト・コーディネーター/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教員。デザイン会社勤務を経て英国で文化政策を学ぶ。1999~2013年(公社)企業メセナ協議会で企業が行う文化活動の推進と芸術支援の環境整備に従事。2013年よりフリー。アートやソーシャルセクターで各種事業の企画・コーディネート、調査研究、評価、助成選考、自治体の文化政策やNPOの運営支援等に取り組む。2016年より社会人大学院教員。社会デザインの領域で文化、アートの可能性を探る。

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