《 世界のワクワク住宅 》Vol.040

『赤毛のアン』の世界が息づく<グリーン・ゲイブルズ・ハウス>〜プリンス・エドワード島(カナダ)〜

投稿日:2021年3月11日 更新日:

「プリンスエドワード島は、世界じゅうでいちばんきれいなところだって、聞いてましたから、自分がそこに住んでるところをよく想像してましたけれど、まさかほんとうになるなんて、夢にも思わなかったわ。想像していたことが、ほんとうになるって、うれしいことじゃない?」

『赤毛のアン』L・M・モンゴメリ作/村岡花子訳、講談社、2014年第1刷、p.25

©︎Tourism PEI/John Sylvester

これは、名作『赤毛のアン』の冒頭、孤児院で育ったアンがこれから新しい生活を始めるプリンス・エドワード島に向かう馬車の中で、胸を弾ませながら発する言葉だ。

©︎Tourism PEI/Sander Meurs

プリンス・エドワード島とは、カナダの東海岸、セントローレンス湾に浮かぶ三日月型の島。
島の村に住むマリラと兄のマシュウは男の子を引き取るつもりでいるが、マシュウが駅に向かうと手違いでアンがやってくる。11歳のアンは、赤毛の元気な女の子。想像力豊かで、口が達者なうえ、瞬時に人を魅了するキラキラとした生命力に溢れている。心優しいマシュウはアンを追い返せるはずもなく、マリラの待つ家に連れて帰る。

ルーシー・モード・モンゴメリ生誕の家 ©︎Tourism PEI/John Sylvester

こうして始まる少女の成長物語『赤毛のアン』は、1908年にこのプリンス・エドワード島のキャベンディッシュに生まれたルーシー・モード・モンゴメリによって書き下ろされた名著。物語の舞台であるアヴォンリーという名の村も、キャベンディッシュがモデルとなっている。
日本では村岡花子が1952年に本書の翻訳を手がけ、その後1979年からアニメ作品となり、以来多くの人々に愛されてきた。

©︎Tourism PEI/John Sylvester

プリンス・エドワード島は愛媛県ほどの大きさで、カナダで一番小さな州。ここには、『赤毛のアン』にまつわる建物やスポットが随所にあり、美しい自然の中で物語を追体験できるとあって、毎年世界中から多くの観光客が訪れている。

©︎Tourism PEI/Sander Meurs

赤土の道、花が咲き乱れる野原、入り組んだ海岸線、そしてあたたかい島の人々——『赤毛のアン』で花開いたモンゴメリの瑞々しい表現が、この島の存在を世界に知らしめたとも言える。プリンス・エドワード島、モンゴメリ、そしてアンは、互いに切り離せない存在なのだ。

©︎Tourism PEI/Paul Baglole

アンを乗せた馬車から見えるのは、白樺、山桜、そして白い花をいっせいに咲かせたりんごの木々の並木道。

「輝く湖水」 ©︎Tourism PEI/John Sylvester

丘のいただきを越えると、周囲の花々や木々の色を映す池にさしかかる。アンはこの並木道を「歓喜の白路」、池を「輝く湖水」と名づける。

物語に登場する「お化けの森」も散策することができる。 ©︎Tourism PEI/John Sylvester

こうした一つひとつの丁寧な描写と、アンの独創的な表現があいまって、島の景色が読者の中に立ち上がってくるのである。

©︎Tourism PEI/John Sylvester

そして、とっぷり日が暮れた頃に、アンは緑の切妻屋根の家に到着する。

©︎Tourism PEI/Carrie Gregory

こちらが白いこけら板の壁に緑の屋根と窓枠が映える、グリーン・ゲイブルズ・ハウス。
この家は、1830年代にモンゴメリの親戚にあたるマックニール家が所有していたもの。『赤毛のアン』が出版され人気を博したのち、1936年にカナダ政府によって買い上げられた。当初は19世紀の生活様式を伝える歴史的住宅として保存されていたが、1970年代に入ってから物語の世界観をより忠実に伝えるために手が加えられた。現在は、カナダの国定史跡の一つである。

©︎Tourism PEI/Carrie Gregory

家はL字型の二階建てで、総面積は220平方メートル。1階にはキッチン、パントリー、居間、ダイニングルーム、マシュウの部屋。2階に上がると、アンの部屋、客室、マリラの部屋、裁縫室とフランス系雇い人の部屋がある。

アンの部屋 ©︎Yuka Takahashi

こちらは、窓からの陽光が小花柄の壁紙を照らすアンの部屋。ベッド、椅子、丸テーブルが揃った愛らしい部屋は、孤児院から来たアンにとって安寧をもたらす空間であったに違いない。
ドアには一着のドレスがかけられている。これはマシュウがアンにプレゼントしたものだ。アンにも流行りのドレスを着せてあげたいと思うも、店の女性店員を前に尻込みしてしまい、結局知り合いに仕立てを頼むことになるマシュウ。そんな姿を通してモンゴメリは「男親」のもどかしい心理をうまく描いている。それまで華美な服を着ることがなかったアンは、パフスリーブのドレスを受け取り、感涙する。

©︎Yuka Takahashi

こちらの黒い板は「割れた石盤」。物語をご存知の方ならすぐにお判りになるだろう。アンの赤毛を「にんじん!にんじん!」とからかうクラスメイトのギルバートに怒ったアンが、彼の頭に石盤をたたきつける場面は物語のハイライトの一つ。ちなみにこの二人、続編で結婚するのだが、その出会いはこんなにも強烈なものだったのだ。

キッチンの棚には「いちご水」が置かれている。 ©︎Yuka Takahashi

このほかにも、アンが紛失したと、あらぬ疑いをかけられ騒動となる紫水晶のブローチや、友人のダイアナに振る舞うはずの「いちご水」(実際にはアンが間違えてワインを出してしまい、ダイアナを酔わせてしまう)など、物語の見せ場を想起させる展示物が家のそこかしこに置かれている。

©︎Tourism PEI/Paul Baglole

この「いちご水」は現在、「ラズベリー・コーディアル」という名で売られている人気のお土産。島を訪れた際には是非トライしたい。

©︎Tourism PEI/Brian McInnis

さて、今回の取材にあたり、プリンス・エドワート島州政府観光局の高橋由香さんに話を伺うことができた。
「私は『赤毛のアン』が好きで、その舞台になった島を訪れるのが小さな頃からの夢でした。小説の中では、プリンス・エドワード島がどんなに美しいところか繰り返し語られ、自然描写がとてもきれいです。島の文化や生活にも憧れがありました。今でも、島への第一歩をよく覚えています。私の想像を超える美しい島でした」。

目の前にアンの住む世界が広がる。フェンスにはアンの言葉「想像していたことが、ほんとうになるって、うれしいことじゃない?」と記されている。 ©︎Tourism PEI/Carrie Gregory

この高橋さんの言葉は、冒頭のアンの言葉と実に美しく呼応する。この島が今なお憧れを募らせるほどの美しい自然、そして多くの恵みに満ちた場所であることがわかる。
その後、高橋さんはプリンス・エドワート島で10年もの歳月を過ごし、質のいい暮らし、そして親切な人々との交流を得たと言う。

L・M・モンゴメリ(1874-1942年) ©︎Tourism PEI/Carrie Gregory

島にはモンゴメリの生家や墓地、博物館などがある。グリーン・ゲイブルズ・ハウスと合わせて訪れたい。こちらはモンゴメリの生まれた部屋。 ©︎Tourism PEI/John Sylvester

最後に、グリーン・ゲイブルズ・ハウスと島を訪れる人々に何を感じてほしいか、伺った。
「モンゴメリは、プリンス・エドワード島でなければこの小説は書けなかったと日記に書いていますが、彼女の思いは100年以上経った今でも、人々に届いているのだなと思います。島を訪れる方にはぜひ、小説の舞台がなぜここでなければならなかったのかを、感じてもらいたいと思います」と高橋さん。

一つの場所と、そこで生まれた物語。グリーン・ゲイブルズ・ハウスはその両者を繋ぐシンボルとして、澄み渡る風景の中に存在している。

写真/All sources and images courtesy of the Green Gables Heritage Place

Anne of Green Gables (赤毛のアン) and other indicia of Anne are trademarks and Canadian official marks of the Anne of Green Gables Licensing Authority Inc and are used under license.

取材・文責/text by: 河野晴子/Haruko Kohno

  • この記事を書いた人

河野 晴子(こうの・はるこ)

キュレーターを経て、現在は美術を専門とする翻訳家、ライター。国内外の美術書、展覧会カタログの翻訳と編集に携わる。主な訳書・訳文に『ジャン=ミシェル・バスキア ザ・ノートブックス』(フジテレビジョン/ブルーシープ、2019年)、『バスキアイズムズ』(美術出版社、2019年)、エイドリアン・ジョージ『ザ・キュレーターズ・ハンドブック』(フィルムアート社、2015年)、”From Postwar to Postmodern Art in Japan 1945-1989”(The Museum of Modern Art, New York、2012年)など。近年は、展覧会の音声ガイドの執筆も手がけている。

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